相性を何故 合で考えるのでしょう

相性を看る時、日本では日干日支どうしの合で考えます。

とんでもない間違いです。
何故か。
まず合の捉え方が違います。
「合」の文字の印象から、くっつくイメージなのでしょうが、二つの干・支 互いの作用で「変化」しようとする関係なのです。
また変化には条件があり、それになければ合化しないのです。
そのため化しない合は、運気に波風を立てるものとなってしまいます。
化する条件も考えず、ただ合があるからは理屈になっていません。

次に他人の命式との間に、合は成り立ちません。
あくまでも自分の命式、そして行運の中だけです。
とんでもない拡大解釈であり、これもこじつけです。

絶対的に月支蔵干(性格の中心)の通変どうしを基本に、全体の通変で考えなければいけません。

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